健康であれば、その日から男は食べられる |
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17年間サラリーマンをして辞めた後は、独立してコンサルタントをしていました。九州電力も96社くらい子会社があったんですよ。子会社はあったけど、その当時は建設ブームで九州全体に発電所を造ったり、変電所を造ったり、制御所を造ったりするわけです。ものすごく忙しかった。図面引く人は足りなかったし、そういうところの協力業者をずっと挨拶に回ったんです。「辞めて何するんだ」って言われて、「独立します」って言ったら、「えらい生意気なこと言うな」って言われました。だけど、「また訪ねて来い」って言うんです。そして訪ねて行くと、「明日までにこの図面を書いてこい」とか「計算してこい」とか、どんどん仕事が増えていきました。だからコンサルをしようと思わなくても、しないといけないようになっていました。仕事が多いから毎晩徹夜して、レポート作ったり、計算書作ったり、調べ物をしたりして、それでそれを届けるわけです。届ける時に請求書も一緒に持って行って、それで「今月振り込んでやる、お前金ないんだろ」って言って振り込んでもらっていました。そういう時期でした。だから、仕事は取りに行くものではなく、「一生懸命やっていたらお客さんが認めてくれる」ということが、その当時40歳くらいでわかってきました。お客さんのとこに足しげく回ろうと思って、毎日毎日お客さんのところに回っていました。名刺を作って、「こうなりました」って言って仕事をもらっていましたね。だから仕事は切れたことがありません。失業保険をもらったことも人生で一度もないです。健康であればその日から男は食べられます。1日も休んではなりません。休んだらその日から身が錆びます。私の場合は、親はいないし、周りにそんな人がいなかったから、弱音さえ言う相手が誰もいなかったです。自分でやるしかなかったから、すごく前向きでしたね。「モノ作りをすることによって、色んな人を喜ばす」というエンジニアの信念を持って、とにかく走りまわって生きてきたというのがあります。
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